2008年の秋、私は銀行の法人営業部で稟議書を書いていました。2020年の春は、独立したコンサルタントとして経営者の隣に座っていました。同じ経済危機を、貸す側と借りる側の両方から見てきたことになります。
資金繰りコンサルタントの佐々木真帆です。過去20年で中小企業は、リーマン・ショック、コロナ禍、物価高という3つの大きな危機を通過しました。いま倒産件数は4年連続で増えています。危機の型によって効く対応がどう変わるのか、銀行が危機のときに何を見ているのかを書きます。
【この記事の結論】中小企業が経済危機を乗り越える5つのポイント
- リーマン期は「資金調達の確保」、コロナ禍は「売上減を補う資金確保」と、危機の原因に応じた対応が必要だった。
- 物価高には借入だけで対応せず、「価格転嫁」と「採算の合わない取引の見直し」で利益を守る。
- 手元資金は「月商の3か月分」を目安に、在庫や代金回収までの期間に応じて厚くする。
- 平時から「複数の金融機関」と関係を築き、返済が滞る前に相談する。
- 銀行への相談には「直近の資金繰り実績」と「3か月先の見通し」を用意する。

過去20年で中小企業を襲った3つの経済危機|倒産件数で見る規模の違い
3つを軸に、あいだに起きた東日本大震災も並べておきます。
| 危機 | 時期 | 原因の型 | 倒産件数の動き |
|---|---|---|---|
| リーマン・ショック | 2008〜2009年 | 金融発 | 2008年は15,646件(前年比11.0%増) |
| 東日本大震災 | 2011年〜 | 災害発(供給網や需要にも波及) | 震災関連倒産が10年で2,061件 |
| コロナショック | 2020〜2022年 | 実体経済発 | 2020年は7,773件と30年ぶりの低水準 |
| 物価高・人手不足 | 2022年〜2026年 | 構造的なコスト増 | 2025年度は10,505件で4年連続増加 |
リーマン・ショック期(2008〜2009年)|倒産1万5,646件と信用収縮
東京商工リサーチの集計で、2008年の全国倒産は15,646件で、前年比11.0%増でした。
この危機は金融の側から壊れています。売上は残っているのに借換が通らない。前年まで問題なく更新できた案件でも、期日のたびに本部とのやり取りが増えました。内閣府『日本経済2020-2021』では、2009年1〜3月期の企業の資金繰り判断DIは「苦しい」が15ポイント上回っています。後述するコロナ期と比べても、リーマン期のほうが判断は厳しくなっていました。
コロナショック期(2020〜2022年)|倒産が30年ぶりに8,000件を割った異常
2020年の全国倒産は7,773件で、30年ぶりに8,000件を下回りました。2021年はさらに減って6,030件です。経済が止まったのに倒産は減った。これを知ったときは衝撃を受けました。
理由は支援の規模です。ゼロゼロ融資は2022年6月末時点で全国累計およそ234万件、約42兆円にのぼりました。内閣府の同じ資料では、2020年4〜6月期の資金繰り判断DIは「楽である」が3ポイント上回っています。ただしこれは全規模合計の値で、中小企業に限れば「苦しい」超1ポイントでした。この危機は借金で時間を買いました。買った時間の請求書は、あとから届きます。
物価高・人手不足の現在(2022年〜2026年)|4年連続増加と過去最多の更新
請求書が届いたのが、いまです。東京商工リサーチ集計の2024年の全国倒産は10,006件で、2013年以来11年ぶりに1万件を超えました。帝国データバンクの暦年集計では2025年が10,261件、東京商工リサーチの年度集計では2025年度が10,505件です。
- 2025年の物価高倒産は949件で5年連続の過去最多。要因別は原材料が43.3%
- 2025年の人手不足倒産は427件で3年連続の過去最多
- 2026年上半期の物価高倒産は556件、前年同期比23.8%増で上半期として過去最多
倒産統計では見えない数字もあります。2025年の休廃業・解散は67,949件。前年からは1.6%減ったものの、倒産件数の6倍以上です。直前期が黒字だった会社は49.1%を占め、2016年以降で初めて5割を割りました。潰れてはいないけれど、静かに店じまいする会社は少なくありません。
危機の種類で変わる資金繰りへの影響|金融発・実体経済発・コスト増
3つの危機を「どこから壊れたか」で分けると、効いた対応の違いが見えてきます。
リーマンは「借りられない危機」、コロナは「売上が消える危機」
リーマンは金融発でした。金融機関のバランスシートが傷み、貸出の蛇口が締まる。経営者が最初に気づく症状は「いつも通るはずの借換が通らない」です。貸し渋りという言葉は当時よく使われましたが、支店の中にいた立場で言うと意地悪ではありません。自己資本比率の制約があり、銀行自身の体力が落ちれば貸出は絞られます。
コロナは逆です。実体経済が止まって注文が消える一方、金融市場の混乱は政策対応で抑えられ、金融仲介機能は維持されました。だから国が保証を付ければ資金は流れた。国も危機の型に合わせて手段を変えています。
物価高が一過性のショックと違う理由|終わらないコスト増
リーマンもコロナも、いつか終わる前提の危機でした。だから借りて時間を買う対応が効いたのです。物価高と人手不足は違います。上がったコストの水準が戻らないので、借りて凌いでも原価の構造が変わらなければ同じ場所に戻ってきます。
重いのは価格転嫁率です。中小企業庁の2025年9月調査では53.5%、労務費は初めて5割に到達して50.0%。調査平均では、コスト上昇分の半分近くが転嫁できていません。金利も動きました。2016年2月のマイナス金利は2024年3月に解除され、2026年6月には政策金利が1.0%へ。低金利を前提に組んだ資金繰りは、見直しが要ります。
| 危機の型 | 壊れる場所 | 効いた対応 |
|---|---|---|
| 金融発 | 資金の調達経路 | 保証付き融資への切り替え、複数行取引 |
| 実体経済発 | 売上 | 制度融資で当座の資金を確保 |
| 構造的コスト増 | 原価と人件費 | 価格転嫁、採算の合わない取引の見直し |
危機の性質を読み違えたときに起きること
構造的なコスト増の局面で借りて凌ぐだけを続けると、債務が積み上がって選べる道が減ります。逆に、一時的なショックで慌てて人員や拠点を切ると回復局面で戻れない。リーマン期に人を減らしすぎて、その後の回復に乗れなかった会社を何社も見ました。
自社がどの型かは、次の3つで見分けられます。
- 売上そのものが減っているか
- 原価や人件費だけが上がっているか
- 金融機関の姿勢が変わったか
順に、実体経済発、構造的コスト増、金融発です。
危機のたびに国が用意した資金繰り支援策の変遷
リーマン期の緊急保証制度と中小企業金融円滑化法
2008年10月31日に緊急保証制度が始まり、当初6兆円規模だった保証枠は20兆円へ、その後の拡充を経て最終的に36兆円規模まで広がりました。もう一つが中小企業金融円滑化法、通称モラトリアム法です。2009年12月に施行され、2013年3月末に終了しました。詳しくは金融庁の中小企業等に対する金融円滑化対策についてにまとまっています。
この法律には賛否の両方を持っています。リスケジュールが特別なことから普通のことに変わったのは、大きな前進でした。一方で、返済を先送りしたまま本業の立て直しに手をつけなかった会社が、数年後に苦しくなったのも事実です。
コロナ期のゼロゼロ融資42兆円と危機関連保証の初発動
コロナ期の主役はゼロゼロ融資です。2022年6月末時点で全国累計およそ234万件、約42兆円。民間金融機関の新規受付は2021年3月末に終了しました。
危機関連保証が初めて発動されたのもこのときです。2018年4月の施行後、実際に使われたのは2020年3月が最初でした。
支援策の「その後」|ゼロゼロ融資利用後倒産2,311件
支援策は必ず終わります。そして借りたものは、返す時期が来ます。東京商工リサーチの2025年度の「ゼロゼロ融資」利用後倒産によると、2025年度は410件で前年度比22.7%減。2020年7月から2026年3月末までの累計は2,311件です。
この累計は、支援策が倒産を消したのではなく一部を先送りしたことを示しています。制度融資は時間を買う道具であって、収益構造を直す道具ではありません。買った時間で何をしたかが、この4年の差になりました。
元銀行員が見た、危機のときに銀行が本当に見ている3つのこと
ここからは貸す側の話をします。借り手向けの情報は多くても、審査の中で何が起きているかはあまり語られません。
審査担当者が試算表より先に見る書類
危機のときの融資審査で、私が最初に開いていたのは試算表ではありません。預金口座の入出金明細です。試算表は出来上がるまでに1、2か月かかります。平時ならそれで足りますが、危機のときはその間に状況が変わります。
次に見るのが、他の金融機関との資金の動きです。どこがいつ、いくら引き揚げたかは通帳に出ます。他行が先に手を引いている会社へ、自行だけが新規で出す判断はまず通りません。銀行へ行くときに必要なのは、立派な事業計画書よりも直近の資金繰り実績と3か月先の見通し。A4で1枚あれば足ります。
金融検査マニュアル廃止で変わった融資判断の軸
審査の物差しも、この20年で変わりました。金融検査マニュアルは2019年12月に廃止されています。担保と保証を重視する審査から、将来のキャッシュフローと事業の中身を見る審査へ。金融庁が促した転換です。
担保がないから借りられないという前提は、以前より弱まっています。代わりに問われるのは、この事業が今後キャッシュを生むのかを自分の言葉で説明できるかどうか。経営者保証も、全国銀行協会の経営者保証に関するガイドラインによって求めない扱いが広がりました。
リスケを申し込んでも取引が続く会社の共通点
リスケジュールをしたら終わりなのか。答えを先に言うと、終わりではありません。重く見られるのはリスケそのものよりも、そこに至るまでの姿勢です。取引が続いた会社には共通点がありました。
- 都合の悪い数字も隠さずに出した
- 計画が未達になったとき、こちらが聞く前に報告してきた
- 役員報酬の削減など、自分でできることに先に手をつけていた
逆に取引が細ったのは、悪い数字を後出しした会社です。延滞してから相談に来るのと、延滞しそうだと分かった時点で来るのとでは、扱いがまったく違います。
次の危機に備えて平時にやっておくこと
手元資金は月商の何か月分あれば危機を越えられるか
3つの危機を通して生き残った会社に共通していたのは、業種でも売上規模でもありませんでした。手元資金の厚みです。目安は月商の3か月分。在庫を抱える業種や回収サイトの長い業種は、もっと厚くしておいたほうが安全です。
佐々木 真帆大事なのは「いまいくらあるか」ではなく「何か月耐えられるか」で見ること。手元資金を月々の固定費で割れば、売上がゼロになったときに何か月持つかが出ます。
複数行取引と「借りられるうちに借りる」という判断
危機のとき、金融機関はだいたい同じ方向に動きます。1行としか取引がなければ、その1行の判断が会社の命運を決めてしまう。リーマン期に選択肢がなかったのは、メインバンク1行に頼っていた会社でした。
では、必要がなくても借りておくべきか。借りるべきだという立場は、金利を保険料だと考えます。危機のときは借りたくても借りられないのだから、借りられるうちに手元を厚くしておく。借りるべきでないという立場は、使わない資金に金利を払うのは損失だと考えます。金利のある今、この判断のコストは以前より重くなりました。
金利のある世界と価格転嫁|これからの危機の形
過去20年の危機は、長く続いた低金利環境の上で起きていました。その前提が変わりつつあります。借入で時間を買うコストが上がった以上、次の危機で効くのは借りる力よりも値上げできる力です。転嫁できていない分は、そのまま利益を削ります。
最後に、少し言いにくい話もしておきます。乗り越え方は、続けることだけではありません。2025年に休廃業・解散を選んだ会社の49.1%は黒字でした。体力が残っているうちに承継やM&Aを選ぶのも立派な選び方です。資金が尽きてからでは、その選択肢すら消えます。
よくある質問(FAQ)
Q: リーマン・ショックとコロナショックでは、どちらが中小企業への打撃が大きかったですか?
指標によって答えが変わります。年間の倒産件数では2008年の15,646件が2020年の7,773件を上回りました。一方、内閣府の分析では、2020年4〜6月期の中小企業の経常利益はリーマン期を下回る水準まで落ち込んでいます。件数の差を生んだ一因は、2022年6月末時点で約42兆円にのぼったゼロゼロ融資など、資金繰り支援の規模でした。危機の大きさと、経営者の資金繰りの実感は一致しません。
Q: ゼロゼロ融資の返済が苦しい場合、いまから使える制度はありますか?
制度は時期によって入れ替わるため、最新の内容は取引金融機関や信用保証協会でご確認ください。ただ、制度を探すより先にやることがあります。返済が滞る前に金融機関へ相談することです。公的な窓口には中小企業活性化協議会やよろず支援拠点があり、小規模事業者ならマル経融資も選択肢になります。
Q: リスケジュールをすると、その後の新規融資は受けられなくなりますか?
一定期間は難しくなりますが、永久に閉ざされるわけではありません。見られているのはリスケの事実より、事前に相談があったか、経営改善計画どおりに数字が動いているかです。計画を出してその通りに推移している会社なら、リスケ中でも運転資金の相談に応じてもらえる例があります。
Q: 物価高倒産は今後も増え続けますか?
先のことは断定できませんが、2026年前半の時点で減少に転じた兆しはありません。2025年は949件で5年連続の過去最多、2026年上半期は556件で前年同期比23.8%増です。原材料に加えて労務費の上昇が重なっていることが背景にあります。
Q: 資金繰りが厳しいとき、銀行と公的窓口のどちらに先に相談すべきですか?
取引金融機関が先です。ただし手ぶらでは行かないでください。相談が遅れるほど選択肢は減ります。持っていくのは直近の資金繰り実績と3か月先の見通しの2つ。相談先は一つに絞らなくて構いません。
まとめ
3つの危機を並べてみると、原因が違えば効く対応も違っていました。金融発のリーマンは借りられない危機、実体経済発のコロナは売上が消える危機、物価高は終わらないコスト増という別種の危機です。
共通していたのは、生き残った会社が危機の前に手元資金と金融機関との関係を作っていたこと。危機が起きてからできることは、思っているほど多くありません。
今日できることを1つだけ。手元資金を月々の固定費で割ってみてください。銀行にいた頃、あと3か月早く相談に来てくれれば助けられた会社が何社もありました。その3か月を持っているかどうかは、平時のいまの準備で決まります。











